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【回想】いぬもおだてりゃ木に登る。

私は昭和21年3月31日生まれのいぬ年。そんな私の若かりし頃のオバカな話。私の人生はバイクと四輪尽くめだと思う人達も居るが実は1978~1981年頃焼物造りに没頭した時期が有った。当時の沖縄を特集した雑誌で屋根の上に鎮座したシーサーを見た事が作陶のキッカケになった。
この個性的なシーサーを見た瞬間、これは自分が造るべきものだ!と私のプアーな脳ミソに強い電流が走った。それまでは主として江戸時代の焼物を収集していたがまさか自分が造る側になるとは想像すら出来なかった。この頃時を同じくして私の友人も焼物造りをしたいと言っていたので意気投合して作陶を始めた。
友人は食器造りに取り組み私はコマイヌ造りに専念した。作陶に関し2人共何の知識も無かったので試作の日々が続いた。この間作陶と並行して地元の古美術店や神社を巡りコマイヌの写真を撮ったりスケッチしてどの様な造形、表現がされているかを調べた。その結果時代や地域により相当な違いが有る事と時代が古い程石工の技術が高い事も解った。約3ヶ月で100体以上見たがその中で強く印象に残ったものはわずか3体だった。それらが特別に技術が優れているとは思わなかったが他の多くのコマイヌの様に様式、流派の枠にはまらず石工の個性が感じられた。私は子供の頃から枠にはまっている物に対しアンチの感情が強かった様に思う。そういう意味において私は生まれながらの自由人と言えるかも知れない。先述した様に始めて3ヶ月間は作陶と並行して調査や粘土探しもしていたのでこの時期は相当忙しかったがそれでもこの間に10体以上のコマイヌが出来上がっていた。これらのコマイヌと友人が造った食器をたずさえ以前から面識の有った江戸時代から代々続いている備前焼の細工物で有名な木村陶雲さんの工房を訪ね出来立てホヤホヤのコマイヌを見てもらった。陶雲さんはしばらくの間無言で私のコマイヌを見た後工房で作陶していた娘さんを呼んでこれを見せてもらいなさいと私のコマイヌを示ししばらくして「初心を忘れてはいけない」事をこのコマイヌが教えてくれましたとおっしゃった。それを聞いた私は自分が造ったコマイヌの技術が高いと勝手に勘違いして舞い上ってしまった。世間では焼き物の世界で一人前になるのに最低10~15年はかかると言われている。ところが私はわずか半年足らずなのでひよこどころか卵にさえなっていない。本当にオバカで今思えば穴が有ったら入りたい程恥かしい勘違いだが当時は気付か無かったから仕方無いが…。この勘違いが次なる無謀な行動の引き金になってしまった。陶雲さんの次に重要無形文化財である浦上さんを訪ねる事にした。誰の紹介も接点も無いばかりかその上アポ無しでいきなり訪ねて行くのだから岡山弁で言う「頭打っとる」としか言いようが無いがその日の私は先述の陶雲さんにほめて頂いたと勘違いしていたので舞い上って自己制御不能に陥っていた。浦上さんの大きな屋敷の一角に登り窯が築かれており何とその日は焼物造りで一番忙しく又大切な窯詰めの真っただ中だった。そんな重要な日にアポなしで見ず知らずの者が訪ねて来たのだから迷惑千万だ。もし窯詰めに問題が生じると焼成に大きく影響し何千万円もの損失が出る事が有る。ところがそんな最中にもかかわらず浦上さんは窯詰めを数人のお弟子さん達にまかせ私達を本宅の応接室へ招いて下さった。
私達は簡単に自己紹介をすませた後お茶とお菓子を頂き奥様を交えて応接室のコレクションの品々の由緒、来歴などを伺った。そのコレクションの中に2体のコマイヌが有ったのでコマイヌがお好きですかとたずねたら浦上さんはとても好きです。備前の神社には備前焼のコマイヌが数多く有りますよ。と教えて下さった。このタイミングで私は思い切って実は私は最近コマイヌを造りそれを持っていますが見て頂けませんでしょうかと言ったら浦上さんがぜひ見て下さいとの事だったのですぐに車から2体を持って来てテーブルの上に置いた途端に浦上さんの顔がほころびとても良い作ですねと誉めて頂いた。その後コマイヌを手に取りほほえみながら前後左右から眺めた後このコマイヌをぜひ譲って頂けないでしょうかとのお言葉で私は有頂天になり「オレは天才か」とピノキオの様に鼻が伸びる感じだった。
浦上さんに気に入ってもらえたので私としても喜んでお譲りする事にした。
お返しに浦上さんが造った酒盃を2客下さった。
楽しい語らいで気が付くと2時間以上もおじゃまし仕事を中断させてしまったのでお詫びとお礼を伝え帰途についた。
私と友人の旅の目的は本来古美術店巡りなので帰りのルートで一軒の店へ寄った。
この店は昨年も行った事が有ったが高価な品しか置いておらず私達が買える物は無いが見せてもらう事は出来るので寄ってみた。
私の友人は昨年から陳列されている江戸後期の備前のお庭焼きのコマイヌのおきものが気になっている様子だったので友人に代わって私がたずねたところ何とか手の届く金額だったので友人はそのコマイヌを購入した。
この店は有名な美術館から依頼されたバイヤーが出入りしておりその日も安土桃山時代のオリベの向付け5客の商談が成立した様だ。
店の客が私達だけになったのを見計らって店主に自分が造ったコマイヌを持っていると又しても悪いクセが出てしまった。店主は古美術商なので新物には興味を示さないかと思ったが見せて…と言うので車に残っていた4~5体を見せたことろ急に表情が変わりこれを造ってくれないか、何十体でも買うと言って信じられない程の金額を提示された。新物でそんな金額は有り得ないので古色を付けて古い時代の作として売るのだろうと直感的に思ったのでそれ以上の話はしなかった。地元へ帰ってからも作陶の傍ら古美術店へ足を運んだが私のコマイヌをほしがる店主が地元にも居た。
私のコマイヌがなぜ重要無形文化財や古美術商など目の効く人達の心をつかんだのか今回改めて考えてみた。その理由は下記のいずれかに該当すると思う。

1.子供の遊びと同じで無心で造っている。
2.造り込みすぎていない(技術が稚拙なので精緻な造りが出来ない)
3.オリジナル度が高い
4.サイズが小さくユーモラスな雰囲気を持っている。

何十年も前に目の利く人達から切に求められ愛された幸せなコマイヌ達は私が親だとも知らず今日も私の傍らで鎮座し続けている。


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アオキエンジニアリングのブログです。
アオキエンジニアリングは、フロンテクーペとFLBレースで培った技術とノウハウを活かし、フロンテエンジンのリビルド及びチューニングの他、メッサーシュミットと旧車二輪のリビルド及びレストアを行っています。

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